2023-09-18

版画家たちの世界旅行

  「版画家たちの世界旅行 -古代エジプトから近未来都市まで」を観ました。西洋版画を中心にした、旅や移動に関わる16~20世紀の作品の展覧会(新型コロナウイルス感染症の影響により展示期間が大幅に短縮された2021年の「#映える風景を探して」展を再構成した収蔵品企画展)です。


 メインアートになっているのは、エディ=ルグラン(1892-1970)著「マカオとコスマージュ または幸福の経験」(1919刊)という絵本の挿絵。金属板や型紙を用いて着色するポショワール(ステンシル)で作られた絵本です。並外れたモダニズムにあふれた児童出版の傑作といわれています。1919年の出版以来、再版されたことはありませんでしたが、ついに2000年に再販。Amazonでも買えます。日本語版は出ていないようです。アールデコ調の文字もかわいいので、もし翻訳版を出すならこれ用に日本語フォントを作ったほうがいいのではないかしら。


Macao et Cosmage ou l'expérience du bonheur par Edy-Legrand

強い愛で結ばれたマカオとコスマージュは、自然豊かな無人島で幸せに暮らしていました。ある日ヨーロッパの巡洋艦が島を訪れ、島を都市化していきます。動物たちは住まいを追われ、森の木々は伐採され…。昔の素晴らしい日々を思い出し、涙する二人。年老いた二人は街を離れ、わずかな自然が残された場所にたどり着き、幸福を見出すのです。
…といった、文明こそ悪徳の起源というルソー主義からインスピレーションを受けた内容。

 そんなわけでこの内容から思い浮かべる画家といえば、ゴーガンではないでしょうか。木版画集「ノア・ノア」の展示もありましたよ。

ポール・ゴーガン
「『ノア・ノア』より《ナヴェ・ナヴェ・フェヌア(かぐわしき大地)》」(1893-94 1921刊)

 風景が画題として評価されるようになる前、風景は聖書や神話を取り入れて描かれることで、「英雄的風景」「理想的風景」としてアカデミーで賞賛されました。

ヘルマン・ファン・スワーネフェルト
「『『聖家族のエジプト逃避途上の休息』より《丘の上の小さな天使たち》」(1652-54)

…むむ、聖家族は中心にいるけれど、小さな天使たちはどこだ?


いました! 左の大きな木の根元あたりです。

 19世紀の西洋では、古代エジプトの歴史や文化がブームになりました。


科学芸術委員会(編)「『エジプト誌』 より7《メンフィスのピラミッド 南東から見たスフィ
ンクスと大ピラミッドの眺め(古代編)》」(1809-28刊)

スフィンクス、だいぶ埋まってますね。

《ロゼッタで発見された石(上部 ヒエログリ
フ)(古代編)》


細かく記録されています。


 《テーベ、メムノン 二つの巨像の眺め(古代編)》

こちらは「#映える風景を探して」展でも推しの作品でしたね。「エジプト誌」は、ナポレオンの命を受けて刊行された全23巻の書物。イギリスとの戦争に敗れたフランスは、ロゼッタ・ストーンなどの収集品を手放すことになったため、本書はフランスにおけるエジプト学の重要な資料でもありました。

 18-19世紀にかけて、産業革命で失われていく自然や農村が「絵になる!」と画家たちがこぞって押しかける「ピクチャレスク・ツアー」が盛んにおこなわれるようになります。

ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー
「『ヴェニス、12点のエッチング集』(ファースト・ヴェニス・セット)より 《ラグーナ(潟)》」(1880刊)

線少な! 上手じゃないとできないやつです。デッサン的な絵は画面が黒くなってるほうが上手に見えるから。

 農村へ通う画家(バルビゾン派かな?)の姿を皮肉った作品がこちら。


オノレ・ドーミエ「『ル・シャリヴァリ』 より「さあさあ 終わったかい?……しかしこんなに長いこと休憩していたら疲れるもんだね」」(1865)

画家に積みわらに寄りかかって休憩するポーズをとらさせられて閉口する農民。なんでこんなところに絵を描きに来るんだろうな、と不思議に思ったに違いありません。

 古い時代の建築物もピクチャレスク・ツアーの的。

ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー「『イングランドおよびウェールズのピクチャレスクな風景』より《ストーン・ヘンジ(ノーサンバーランド)》」(1838刊)


 農村に飽きると(?)画家たちは都市を描きます。旅行というか、もうさまよってますね。


原画:ピエト・モンドリアン「『シルクスクリーン 12 枚のポートフォリオ』 より《ブロードウェイ・ブギウギ》」(1957(原画 1942-43))

上下が分からんことでおなじみの(?)モンドリアンの作品も。上空から見たブロードウェイの地図にも見えなくもない…のかな。

 ほかには、SFやスチームパンクを思わせるフィリップ・モーリッツのエングレーヴィングや、梱包芸術で有名なクリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトのスクリーンプリント、「TOKYO まちだ国際版画展」入賞作品など。

 旅先では絵を描くよりも写真を撮ることが多かろうとは思いますが、オーバーツーリズムが問題になっている昨今、旅の計画と行動はどうぞ慎重にね。

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展覧会情報

 会期:2023年7月22日(土)~9月24日(日)
 会場:町田市立国際版画美術館 企画展示室1、2


2023-09-02

特別展 古代メキシコ

  「特別展 古代メキシコ マヤ、アステカ、テオティワカン」を観ました。古代メキシコの代表的な3つの文明「マヤ(前1200頃-後16世紀)」「アステカ(14世紀-16世紀)」「テオティワカン(前100頃-後6世紀)」に焦点を当てた展覧会です。



 早速ですが、今回一番見たかったものはこちらです↓。

「チャクモール像」(マヤ文明 900-1100)

 生贄を載せる台。「この台には生贄になった人の心臓を載せるのだ」と聞いたのはいつだったか思い出せないぐらいずっと昔のことなのですが、なかなかお目にかかる機会がなく…。今回ようやく目の前にすることができました。ちなみに私はテレビを見ている時にこんな格好になっていることがよくあります。おなかにお皿は載せていませんが。
 せっかくだからぐるっと回ってみましょう。




神への供物を置いたと推測されるこの像。チチェン・イツァとトゥーラから多く見つかっており、アステカにも受け継がれました。本展にはこの1台の展示でしたが、もっといろいろな像を見てみたかったな。

 そんな感じで、古代メキシコのイメージといえば「いけにえ」じゃないでしょうか。彼らは「万物は神々の犠牲により存続しており、自らも他者のために犠牲を払うべき」という倫理観に基づき、人間を神に捧げました。捧げるからにはちゃんとした人を捧げるようで、生贄になる人物は地位の高い人や有能な人であり、本人にとっても名誉なことだったといわれています。ただ斬首や心臓の剥奪などの残虐な手法は、国家の覇権の誇示にも利用されました。

「球技をする人の土偶」(マヤ文明 60-950)

 儀式のひとつとして、ゴムボールを使った球技がありました。腰で打ち合ったり、グローブやスティックを用いたりと様々なルールがあったようです。負けたほうが生贄になるとかならないとか。


 展示は土器が多め。両手に収まるくらいの小ぶりな土偶や、大人の胴体ぐらいの大きな香炉や、絵皿など。

「香炉台」(マヤ文明 680-800)

マヤの儀式では香が盛んに焚かれました。コーパル(またはコパル)という木の樹脂から作られた香がよく用いられたそうです。

 ところで、今回の主役というべきものは、「赤の女王」の装身具です。

「赤の女王の装飾品」(マヤ文明 7世紀後半)

1994年の発掘調査により発見された未盗掘の墓室。棺には辰砂(水銀朱)で覆われた女性の遺骨が遺されていました。王墓の特徴を持つ墓の構造と朱に覆われた姿から、彼女は「赤の女王(レイナ・ロハ Reina Roja)」と呼ばれています。

 彼女の名前は「イシュ・ツァクブ・アハウ」。パカル王(キニチ・ハナーブ・パカル)の妃と考えられています。身長は約154cm。命日は672年11月16日(50-60歳)とのこと。


今回さすがに骨は来ていませんが、その体を飾った装飾品が展示。主にヒスイなどの石でできています。マスクは孔雀石です。瞳は黒曜石、白目は白ヒスイ輝石岩。頭飾りはマヤ神話の雨神チャフクを表現。ヒスイ輝石岩や貝、石灰岩でできています。写真右下に写っているのは緑石岩でできた針。針は織り手を司る神と関連し、若さと健康を表すとされているそうです。機織りや紡績はあらゆる社会階層の女性にとって重要な仕事でした(昔からどこでもお裁縫は女子の仕事なんですね)。

 ところで、「赤の女王」にちなんで(だと思いますが。それとも生贄の血かな)展覧会のイメージカラーは赤でしたが、古代メキシコには「マヤ・ブルー」と呼ばれる色が存在します。

「貴人の土偶」(マヤ文明 600-950)

1000年以上経っても鮮やかなままの青色。インディゴと鉱物からなる染料を用いているようなのですが、色褪せない理由は今も謎なんだとか。

 終盤に度肝を抜く姿の土偶が。

「鷲の戦士像」(アステカ文明 1469-68)

等身大と思われる、鷲のコスチュームを身に着けた王直属の「鷲の軍団」を構成した兵士の像。あるいは戦死して鳥に姿を変えた戦死の魂や、太陽神の姿を表しているとも。開いたくちばしの中から顔を出し、足の爪を膝につけるというあたりのセンスが素晴らしい。

 閉館時間が迫り、物販コーナーに次々とカバーがかけられていき、ぐいぐいと退館を迫られたので、じっくりとお土産を見ることができませんでした。もしかしたらコーパル、あったんじゃなかろうか…。

 夏休みの終わりを嘆く少女の声を聞き、季節の移ろいを感じたのでした。

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展覧会情報

 会期:2023年6月16日(金)~9月3日(日)
 会場:東京国立博物館 平成館