2024-10-19

廣川玉枝 皮膚のデザイン

  「令和6年度企画展III 廣川玉枝 皮膚のデザイン」を観ました。クリエイティブディレクター/デザイナー 廣川玉枝(ひろかわ・たまえ)の「スキン シリーズ」を中心にした展示です。



 会場に入ると、スキンシリーズを着たマネキンがずらり。





「Protean」2007

「Microcosmographia」2010

「Atlas」2018



 …ひとことで言うと「全身タイツ」なのですが。最初の感想は「いったいいつ着ればいいの? バレエとかダンスのコスチューム?」
 実際のところ、アーティストやパフォーマーの衣装として使用されています。マドンナやレディ・ガガもステージで愛用。ガガ様の着用イメージはこちら(クイーンズランド州立美術館|ギャラリー・オブ・モダン・アートのブログ)で見られます。

 無縫製ニットの技術で「第二の皮膚」を目指して作られた「スキン シリーズ」。もしエナメルやラバーで作られていたらいわゆるボンデージスーツ(拘束する服)になるのでしょうが、対照的にナイロンやポリウレタンで作られたニットは伸縮性に富み、薄く、透かし模様もあるので意外と開放的な印象です。

「Skin series Textile Tribal-RABI」2014
このテキスタイルにオートクチュールの職人が手刺繍を施し…、


「Tribal-Rabi Bijou」2014
こうなります。


ビーズがびっしり。


 ところで、最近多くの人が目にしたであろう廣川氏のデザインは、東京2020オリンピック・パラリンピック日本選手団のスポーツウェアのテキスタイルです。

「Podium Jacket ASICS」2021

 筋肉の流れを意識したグラフィックデザイン。汗をよくかくところの通気孔を大きくし、紫外線からの保護を意識する場所は穴をあけず編地を詰めています。



 この無縫製ニットで人体だけでなく、家具や空間をも包み込んでいきます。

「SOMA-HOUSE」2024
段ボールでできた骨組みに、無縫製ニットがかぶせられています。中に入ってくつろげます。


「AMRTA」2008
発泡スチロールの球を無縫製ニットで包んだオブジェ。


  廣川氏は幼少の頃、みかんを入れているネットが好きだったそうです。着せ替え人形にネットを着せたりしていたとか。納得です。つまるところ、ニットのデザインをプログラミングでデータ化し、それを機械が読み込んで一着丸ごと無縫製で形成するという無縫製ニット技術を手に入れた氏は、「レース地でぴたぴたに包み込む」という趣味の世界を存分に繰り広げているのでありました。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ひらく9 [ 佐伯啓思 ]
価格:2,420円(税込、送料無料) (2024/10/18時点)


↑「スキン シリーズ ATLAS」が表紙。


--

展覧会情報

 会期:2024年10月5日(土)〜12月22日(日)
 会場:藤沢市アートスペース
 主催:藤沢市、藤沢市教育委員会
 後援:神奈川新聞社、株式会社ジェイコム湘南・神奈川、レディオ湘南
 協力:公益財団法人藤沢市みらい創造財団、一般財団法人藤沢市開発経営公社、株式会社ブルド


  デザインプロジェクト「SOMARTA(ソマルタ)」のページはこちら。全身タイツタイプでない、街で着られる服が買えます。


2024-10-18

二代目集合 襲名絵師たちの物語

  「二代目集合 襲名絵師たちの物語 二代歌麿・二代豊国・二代広重・二代国貞」を観ました。二代目を襲名した絵師たちの浮世絵展です。


二代広重

 初代広重の養女・辰と結婚して二代広重を襲名したのは重宣。しかしその後離婚し、師の家から離脱。辰は重政と再婚し、重政が二代を名乗ります。二代が二人? ややこしいですね。


二代歌川広重「東海道五拾三駅 藤沢 追分道」慶応元年(1865)

こちらは重宣のほうの二代広重。枠がおしゃれです。

襲名前の重宣名義の作品もありました。

二代歌川広重「東海道五十三次 箱根」安政元年(1854)

小判というはがきより二回り大きいぐらい(約19.5×13.5cm)の小さな版型です。絵葉書みたいでこれはつい集めたくなりそう。



二代豊国

 初代豊国の存命中に養子入りした豊重が、初代の没後に二代を襲名。しかし二代(豊重)の没後(or廃業後)、同門の国貞が豊重を無視して二代を名乗ったとか。これまた…。

二代歌川豊国「名勝八景 大山夜雨」天保元-5年(1830-34)頃

激しい雨の表現が目を引きます。



二代歌麿

 恋川幸町(こいかわ・ゆきまち)として黄表紙(洒落や風刺を効かせた、挿絵入りの物語書籍)を描いていた一方で初代歌麿に師事。初代の死後に二代目を名乗ります。

二代喜多川歌麿「江之島の風景」文化年間(1804-18)頃


美人画を得意としたので、名所絵でも美人が描かれていますね。女性が乗った牛を子どもが引いていますが、実際は男性も牛に乗るし、牛引きは大人だったらしいです。私も牛に乗ってみたい…。



二代国貞

 三代国政は国貞(三代豊国、自称二代豊国。前述のごたごたの続きです)の長女に婿入りし、師の存命中に二代国貞を襲名。師国貞の没後は、三代豊国(実際は四代豊国)を襲名。いよいよ訳が分かりません。

二代歌川国貞・二代歌川広重「東海道 ハコネ 湯治」文久3年(1863)

合作です。人物の得意な二代国貞が手前の湯上り美人を、風景の得意な二代広重が背景を描いたと考えられます。


 お家のこんがらがりはともかく、それぞれの個性が光る二代目たちだったのでした。



--

展覧会情報

 会期:2024年9月14日(土)~11月4日(月・休)
 会場:藤沢市 藤澤浮世絵館
 主催:藤沢市、藤沢市教育委員会
 後援:神奈川新聞社、株式会社ジェイコム湘南・神奈川、藤沢エフエム放送株式会社