2024-10-18

二代目集合 襲名絵師たちの物語

  「二代目集合 襲名絵師たちの物語 二代歌麿・二代豊国・二代広重・二代国貞」を観ました。二代目を襲名した絵師たちの浮世絵展です。


二代広重

 初代広重の養女・辰と結婚して二代広重を襲名したのは重宣。しかしその後離婚し、師の家から離脱。辰は重政と再婚し、重政が二代を名乗ります。二代が二人? ややこしいですね。


二代歌川広重「東海道五拾三駅 藤沢 追分道」慶応元年(1865)

こちらは重宣のほうの二代広重。枠がおしゃれです。

襲名前の重宣名義の作品もありました。

二代歌川広重「東海道五十三次 箱根」安政元年(1854)

小判というはがきより二回り大きいぐらい(約19.5×13.5cm)の小さな版型です。絵葉書みたいでこれはつい集めたくなりそう。



二代豊国

 初代豊国の存命中に養子入りした豊重が、初代の没後に二代を襲名。しかし二代(豊重)の没後(or廃業後)、同門の国貞が豊重を無視して二代を名乗ったとか。これまた…。

二代歌川豊国「名勝八景 大山夜雨」天保元-5年(1830-34)頃

激しい雨の表現が目を引きます。



二代歌麿

 恋川幸町(こいかわ・ゆきまち)として黄表紙(洒落や風刺を効かせた、挿絵入りの物語書籍)を描いていた一方で初代歌麿に師事。初代の死後に二代目を名乗ります。

二代喜多川歌麿「江之島の風景」文化年間(1804-18)頃


美人画を得意としたので、名所絵でも美人が描かれていますね。女性が乗った牛を子どもが引いていますが、実際は男性も牛に乗るし、牛引きは大人だったらしいです。私も牛に乗ってみたい…。



二代国貞

 三代国政は国貞(三代豊国、自称二代豊国。前述のごたごたの続きです)の長女に婿入りし、師の存命中に二代国貞を襲名。師国貞の没後は、三代豊国(実際は四代豊国)を襲名。いよいよ訳が分かりません。

二代歌川国貞・二代歌川広重「東海道 ハコネ 湯治」文久3年(1863)

合作です。人物の得意な二代国貞が手前の湯上り美人を、風景の得意な二代広重が背景を描いたと考えられます。


 お家のこんがらがりはともかく、それぞれの個性が光る二代目たちだったのでした。



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展覧会情報

 会期:2024年9月14日(土)~11月4日(月・休)
 会場:藤沢市 藤澤浮世絵館
 主催:藤沢市、藤沢市教育委員会
 後援:神奈川新聞社、株式会社ジェイコム湘南・神奈川、藤沢エフエム放送株式会社



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